Kさんは54歳。あるデパートの外商部長をしていました。同い年の妻との間に、すでに嫁いでいる24歳の娘と、大学2年生の息子がいて、家のローンがまだ一千万円ほど残っていました。
男性の更年期障害
営業不振の会社は早期退職者を募り、さんざん悩んだ末、Kさんは応募することにしました。
退職金と報憤金を合わせればローンはすべて払えるし、息子の学費も賄え、何年かの生活費は保証されるからです。
見通しが甘かったと気づいたのは、退職してすぐのことでした。五十歳を過ぎた男性に、
おいそれと次の仕事が見つかるわけがありません。
ハローワークを巡り、取引先の知り合いや学生時代からの友達の間を回っても、彼が希望するような条件での再就職先は全くありませんでした。
一流大学を出て、管理職だったというプライドが邪魔をしたのかもしれません。
ある日の午後、小さな公園のベンチに腰を掛けて、またもや徒労に終わった会社訪問でのやりとりに思いを馳せていたとき’何かが心のなかでプッンと切れたような気がしました。
「なんで俺は、こんなにむきになって職探しをしているんだ。当分の間は生活に困るわけじゃないし、しばらくのんびりしたってバチは当たらないだろうに」
そう眩いた瞬間、彼は自分がものすごく疲れていると感じました。
男性の更年期うつ
次の日から、彼はどうしようもない気怠さと無力感に苛まれて、朝早く起きるのが苦痛になりました。
妻がいくら声をかけても、昼近くまでベッドのなかでうとうとしています。
規則正しかったかっての生活習慣はどこへやら、一日中ジャージ姿でゴロゴロし、何も話さずに俯いていることが多くなりました。
生来の明るい性格は影を潜め、無口で暗いただのダメオヤジになるのに、大して時間はかからりませんでした。
うつ状態からの脱出と再就職の喜び
退職してから3力月後、あまりの落ち込みのひどさに堪りかねた妻は、Kさんを促して、近くの病院の総合診僚科を受診しました。
担当のドクターは、丁寧に問診をし診察をしてから、心療内科への紹介状を書いてくれました。
「リストラがきっかけとなった心因反応の鬱状態」と診断されたKさんは、専門医による抗鬱剤の投与を受け、心理療法やカウンセリングを何回か受けると、気怠さや無力感は次第になくなり、「職探しをしよう!」という意欲が湧いてきたのでした。
そんな折、だいぶ前に脱サラし、リゾート・ホテルを経営している旧友から、マネージャーになってくれないかという要請がありました。
地方への単身赴任だし、収入は以前の半分ほどだが、Kさんは二つ返事で引き受けることにしました。仕事が再びできるという喜びは、条件はどうであれ、何物にも代え難いものでした。
2週間後、彼は晴れやかな顔で、新しい職場に向け出発しました。「鬱状態」が再発する恐れは、当分の間ないでしょう。
男性の更年期うつ対策
男性にも「更年期」があるのだとすれば、このKさんは、そのまっただ中にいる世代です。
彼は退職がきっかけで、軽い鬱状態になりました。
「自分が世の中で必要とされてはいないJ、そう思い込んだために、彼の「更年期障害」が始まったとみなすことはできるのでしょうか?
彼の病状を「更年期障害」と診断するかどうかは、今後の経過観察や「男性更年期」の定義の確立を待たなければならありません。
幸いなことに、Kさんの場合は、妻が気づいたおかげで、病院へ行き心療内科のカウンセリングを受け、快方へと向かうことができました。
しかし、もし放置されていたら、どうだったでしょうか?
団塊世代の男性の自殺者が増えています。彼もまた、そこまで追い詰められてしまったかもしれないのです。